Distance of love 2    

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 「・・・ん?」

保健室を出た手塚は、すぐ傍の壁にもたれて立っている小柄な姿を見つけ、その眉を寄せた。

 「越前・・・」 

「あの人の・・・先輩の様子は?」

自分の姿を認めた途端、急き込むようにそう尋ねてきたリョーマに、いつかこれと同じようなことがあったな、と思いつつ手塚はゆっくりと口を開く。

 「別に何の問題もないようだ。でも大事をとって今からの練習は休ませるが。」

 「そう・・・っすか・・・」

 「不二のことを心配するのはいいが、練習中だぞ、越前。」

明らかにほっとした表情を浮かべたリョーマに手塚は小さく苦笑する。 

「・・・すんません・・・」

 「まぁ、いい。戻るぞ。」

 「あ・・・部長!」

 「・・・なんだ?」

 「あ・・・えと・・・」

呼ばれて振り返れば、目が合った途端、リョーマが彼に似合わず視線を泳がせ何事かを言いよどんだのに手塚は軽く眉を寄せた。

「越前。」

「・・・何すか?」

「これからグラウンド20周だ。」

「・・・はい・・・」

「その後、あいつの所に荷物を持っていってやれ。」

「・・・え・・・」

 「身の入らない練習は無意味だ。不二もお前のことを気にかけているようだったし、もう少しお互い話をする必要があるんじゃないのか。」

 「部長・・・」

自分の言葉に戸惑ったような素振りを見せるリョーマはやはり自分の知る彼ではなく、手塚は軽くため息をつく。

 「これ以上部に支障をきたすことは許さん。それだけは肝に銘じておけ。」

・・・気にかけている・・・か。

半ば強引にそう押し切り、自分に背を向けて歩き出した手塚を慌てて追いつつ、リョーマはひとりごちる。

数日前、一緒に帰ったとき以来タイミングが合わないこともあり、不二とは顔を合わせる程度であまり話ができていなかった。

いや、していなかった・・・というのが正しいかもしれない。

不二と一緒にいたい、話をしたいと思う一方、近づくのをためらってしまう自分がいて。

でも、どうしたいのか、と問われれば、やはり気になる。話がしたい。

彼も自分のことを気にかけてくれているというのなら尚更で。

 ・・・先輩・・・

意識すれば会いたい気持ちが急に募り始め、リョーマは苦笑する。

 早く声が聞きたい。顔が見たい。

不二先輩・・・

 

 

 「ふう・・・」

手塚に命じられたようにランニングを終え、着替えもそこそこに不二の荷物を手に保健室まで来たリョーマは、思いがけず肩に力が入っていることに気づき、苦笑しつつ軽く息を吐きだした。

何気なくドアを開けかけ、思い直して、軽くノックする。

でも中からはなんの応答もなく、リョーマは眉をひそめた。

 「・・・先輩・・・?」

呼びかけたが返答はなく、もしかして帰ってしまったのか・・・と思いつつドアを開ける。

視線をめぐらせば、治療用の長椅子に身を横たえている不二を見つけリョーマは安堵のため息をついた。

どうやら眠っているらしく、自分が部屋に入ってきても起き上がる気配はない。

リョーマは荷物を置くと不二の傍らに立ち、そっとその身体に手をかけた。

 「先輩・・・」 

「・・・ん・・・」

呼びかけて身体を軽くゆすれば小さく身じろぎするが、不二がその目を開く気配はない。

リョーマは小さくため息をつき、眠るその顔を見下ろした。

数日ろくに会話すら交わさなかったこともあり、こうして顔を見るのは久しぶりな気がする。

 「不二先輩・・・」

呼びかければ、声は聞こえているのか眉がかすかに寄せられ、小さくその唇がうごめく。

 ・・・あ・・・

その動きに、不意に不二とキスしたときの感触を思い出し、リョーマは頬が熱くなるのを感じた。

これまで何度か彼とはキスをしてきた。

それは軽く触れる程度のものも、恋人同士が交わすようなものもあったが、不二はその度どう思っていたのだろうか。

そっとその指を不二の唇にあてがえば、指越しにその柔らかさが伝わってくる。

「・・・ん・・・」

と、今度は先ほどよりも大きな声を上げて身じろいだ不二にはっとし、リョーマがその唇から慌てて指を離せば、長いまつげが揺らめき、ゆっくりとその瞳が開いた。

 「ん・・・あ・・・」

まだ意識がはっきりとしないのか、2、3度瞬きを繰り返し、不二はゆっくりと首を巡らす。

 「ん・・・越・・・前?」

まだ焦点の甘いその瞳に見つめられ、リョーマはどきり、とした。

 「来て・・・くれたんだ?」 

 「部長に言われたんで。」

慌てて不二から目をそらしながらそう言うと、リョーマは彼に背を向ける。

 「荷物、ここに置いとくから。」

 「あ・・・待って!」

そのまま立ち去りかけるリョーマを呼び止めようと不二は慌ててベッドから起き上がろうとしたが、体を起こそうと付いた手首から思わぬ痛みが走り、大きくバランスを崩した。

「・・・っ!」

 「危ない!」

傾いだ体を直すすべもなく、落ちる、そう思った瞬間、駆け寄ってきたリョーマに体を受け止められた。

 「・・・あ・・・」

自分を抱きとめてくれたリョーマの腕が意外にも逞しく感じ、顔を上げれば、心配そうに自分を見つめている瞳と目が合って。

「大丈夫?」

 「・・・ありがとう。」

自分を心からいたわってくれているその瞳の色が嬉しくて、不二は思わず微笑む。

 「・・・先輩?」

 「・・・好きだよ・・・」

 「・・・え・・・」

 「君が・・・好き・・・」

こみ上げる感情のままリョーマの背に手を回し、不二はその胸に頬を寄せるとそう呟く。

まるで幸せを抱きしめているようだ、そう思いながら。

「・・・越前・・・?」

・・・と、いつもなら抱きしめ返してくれるか、軽口を叩いて自分をからかうはずのリョーマが何の反応も示さないのに気づき、不思議に思った不二が彼の胸から顔を上げれば、いつになく厳しい表情をして自分を見つめている彼がいて。

 「・・・っ!」

どうしたのか、と尋ねようとする前に不意に強く抱きしめられ、不二は息を詰める。

「先輩・・・っ!」 

 「えちぜ・・・っっ!!」

どこか切羽詰ったような声で呼ばれ、噛み付くかのように唇を重ねられたのに、今度は不二が目を見開いた。

「・・・ん・・っ・・・はっ・・・」

彼とキスを交わすのは初めてではない。

でもそれは言ってみれば挨拶のような意味合いを含んでいて、これほど性急に求められたことはなくて。

 「えち・・・ぜん・・・?」

軽く身を捩ればようやく唇が離され、弾む息でリョーマを見れば、射抜くように自分を見つめ返してくる瞳。

 「どうした・・・の?」

いつもとどこか雰囲気が違う彼に気おされ、たどたどしくなる不二の口調に気づいたのか気づかないのか、リョーマは何も答えず再び唇に自分のそれを押し当ててきた。

 「・・・んっ・・・は・・・ぁ・・・っっ!!」

いきなり舌先で唇を割られ、驚いた不二がうっすらと口を開けると、滑り込むように歯列を割り込んできて、それこそ呼吸まで奪われるように全てが絡め取られる。

「・・・っ・・・はあっ・・・」

酸素が十分に取り込めないせいと、リョーマから与えられる思わぬ刺激とに頭の芯が痺れたようになり、体の力が抜けていく。

そのまま押し倒され、全身でリョーマの体の重みを感じながら、不二は彼から与えられる感覚に翻弄されていた。

 「・・・先輩・・・」

長い長いキスの後、ようやく唇を離したリョーマに少しかすれた声で呼ばれ目を開ければ、軽く息を乱して自分を見下ろしている彼がいて。

そんな彼を見て同じように息を荒くしている自分に気づいた不二は慌ててリョーマから顔を背ける。

 「・・・っ!!」

耳元に彼の息を感じた次の瞬間、柔らかく耳たぶを咥えられ、甘く噛まれる。

同時に背筋に電流のように走った甘い痺れに不二は息を詰めた。

 「あ・・・」

濡れた唇はそのまま首筋をなぞり降りていき、甘い痺れはじわり、と重みを増していく。

たまらず身を捩れば、シャツの中に滑り込んできた手のひらに直接肌を撫でられ、不二は小さく声を上げた。

少し荒れた、でも繊細な指先と暖かな手のひらが背中をまさぐるその動きは、先ほどまでは甘い痺れであっただけのものをぞくぞくするような快感へと変えつつあった。

 「せんぱい・・・」

吐息のようなリョーマの声が耳をくすぐる。

 「ふう・・・っ!」

その声に今度ははっきりと快感が体を駆け抜けるのを感じ、再び身を捩れば、背中に触れていたリョーマの手がゆっくりと滑り降りていく。

 「・・・あ・・・っ!」

・・・と、その手が腰骨を掠め、下肢に伸びる感覚に今までぼんやりしていた不二の意識が一気に覚醒した。

 「や・・・っ!」

夢中でその手を振り払えば、思いがけず力が入っていたらしく、覆いかぶさっていたリョーマの上体が大きく揺れる。

 「うわ・・・っ!」

急に体が軽くなり、次いで起こった小さな叫び声と鈍い音に慌てて体を起こせば、床に尻餅をついているリョーマがいて。

 「・・・あ・・・」

驚いたような目を見張ってこちらを見ているリョーマに、不二が言葉を継げないでいると、不意に彼はその視線を床に落とした。

 「・・・すみません・・・」

ややあってようやく聞き取れるくらいの小さな声が彼の唇からこぼれる。

 「え・・・あ・・・」

そのままゆっくりと立ち上がり、自分と目を合わせることなく荷物を取り上げ、出口へと向かうリョーマに不二は戸惑った。

 「え、越前!」

ドアに手をかけた彼を慌てて呼び止めるが、彼は振り返ることなくドアを開ける。

 ・・・あ・・・

目の前で閉められたドアを不二はただ呆然と見つめていた・・・